アルカスイス互換は最高だけど誤解も多い
はじめまして、三脚フォトグラファーのハクと申します。三脚欲しさにカメラボディを売ってしまったこともある筋金入りの三脚マニアです。普段は広告のデザインと写真のお仕事をしています。
今回はstudio9の中原 一雄様と縁があって寄稿させて頂くこととなりました。どうぞよろしくお願いします。
さてプロカメラマンのように目を惹きつけるような写真を撮影するために必要な機材やテクニックは数多くありますが、その中でももっとも基本的で重要なことが三脚を使う事です。
三脚を使う事でブレなく撮影できたり、構図をしっかり追い込むことができるなど、様々なメリットが得られますが、今回はそこからもう一歩だけ踏み込んだその先、「クイックリリースシステム」と「アルカスイス(互換)」についてお話ししたいと思います。
クイックリリースシステムとは?
今でも残っていますが、かつて雲台にカメラを取り付けるためには、雲台とカメラボディの底にある1/4インチ三脚ネジ同士をくるくる回して接続する必要がありました。
しかし、いちいちネジを回して接続するのは非常に時間がかかりますし、何より面倒臭くて不便です。そんな不満を解消するために、素早くカメラと雲台を接続する「クイックリリースシステム」(quick【素早く】release【解放する】system【機構】)が誕生しました。
クイックリリースシステムの抱える問題
多くのメーカーはいかに便利に素早く脱着できるかを競うかのように、クイックリリースシステムを開発してきました。特にワンタッチで脱着できるスピーディな製品の開発に注力してきたように感じます。
しかしクイックリリースシステムの多くにはいくつか問題点がありました。
使ううちにガタが出る可能性
まずひとつは耐久性・ガタの問題です。多くのクイックリリースシステムはクイックシュークランプ(以下クランプ)にクイックシュープレート(以下プレート)を置くだけで、バネがパチンッと戻って固定されます。外す時はレバーやボタンをワンタッチ操作することで取り外せます。操作としては非常に簡単で便利なんですが、多くは片側が点で固定する方式のため、その一点にかかる負荷が大きく、使ううちに削れたり歪みが生じ、やがてガタが生まれます。
プレート側に余計なシートがついている
ふたつ目がズレ・ブレ・たわみの問題です。多くのプレートには傷防止やズレ防止を目的として、ゴムやコルクシートなどが貼られています。このゴムが分厚すぎると、機材の重さでたわんでしまったり、ズレが生じる場合があります。またカメラを雲台に直接付ける時よりも、ひとつパーツが増えるのですから、当然不安定になりそれが微ブレへと繋がります。
三脚に求められる一番の条件はブレを抑えて確実にカメラを固定することです。早く簡単に脱着したいという理由で、決して犠牲にして良いものではありません。
事実「クイックリリースシステムは信用できないから、三脚ネジ式を選ぶべきだ!」と書いてあるカメラの指南書もあるくらいです。雲台メーカー各社が長らくクイックリリース式と、三脚ネジ式に分けて販売していたのも、内外からそういった声があったからでしょう。
三脚の性能を犠牲にしないのがアルカスイス式
多くのクイックリリースシステムが没落しつつある中、ひとつだけ勢力を拡大し、成長してきたのがアルカスイス式です。いわゆるアルカスイス互換、アルカスイス規格、アルカスタイルなどと呼ばれているシステムです。最近ではシグマやタムロンといったレンズメーカーがレンズの三脚座に採用したり、多くの雲台メーカーがクイックリリースシステムに採用しているので、名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?
まず、聞いたことくらいはあるけど、アルカスイス(ARCA-SWISS)をよく知らないよって人のために超簡単に説明しちゃいます。
「アルカスイス規格」があるわけではない
アルカスイスは「アルカスイス・インターナショナル社」という名前の企業で、フランスに本拠を置くカメラメーカーです。
「アルカスイスなのにフランス?」「んん?カメラメーカーが雲台を作ってるの?」
という疑問が湧いてくると思いますが、創業がスイスで拠点が変わって今はフランスという特に捻りのないオチです。次にカメラメーカーと言ってもアルカスイス社が作っているカメラは、我々がよく知る一眼レフカメラやミラーレスカメラとはちょっと違って、ビューカメラという長いレールが付いたちょっと特殊なカメラです。そのカメラを快適に操作するために生まれたのが「アルカスイス雲台」なのです。
ではアルカスイス式とはどういったシステムでしょうか?答えはとっても簡単で、ハの字型のプレートを、ハの字型のクランプで挟むだけのシンプルな構造です。アリガタとアリ溝なんて言ったりしますが、アリガタがプレートの取り付け部分、アリ溝がクランプの取り付け部分です。図で描くとこんな感じです。
建築や金属加工の分野で、そのように呼ばれており、これらを組み合わせる接合方式は、何と弥生時代の遺構に存在しているとのことで「アリガタ」という名称は昆虫のアリの触角の形(角度)に由来するらしいです。
カメラの分野でこのスタイルを真っ先に取り入れた企業が「アルカスイス」社だったので、アルカスイス互換なんて言われているのです。実際には明確にサイズが規格化されている訳ではなく、どのメーカーも見様見真似です。
なぜ他のクイックリリースシステムよりもアルカスイス式が優れているかというと、同じ形状のプレートとクランプがしっかりと挟むため面接触となり、点接触と違って金具が削れたり、歪んでしまう心配はほとんどありません。つまり将来に渡ってガタが出にくいクイックリリースシステムだということです。
アルカスイスはレール式なので強い力が掛かったらズレてしまう?
アルカスイスはレール式なので強い力が掛かったらズレてしまう。こういったネガティブな声が聞こえてくることがあります。しかしよほど粗悪なメーカーの物を使ったり、誤った使い方をしない限り、例え数十kgの機材を載せてもズレることは絶対にありません。
アルカスイス互換の間違った使い方
誤った使い方とはどういった事でしょうか?
まず先にも書きましたが、アルカスイス規格というものは存在しません。メーカー各社が見様見真似で「似たような」システムを作っただけです。そのため各社サイズは微妙にバラバラです。各社が自社のプレートを安全に固定できるようにクランプを作っていますが、サイズも分からない他社のプレートまで完璧に互換性を持たせられるはずがないのです。
つまりアルカスイス式を安全に確実に使うためには、メーカーを揃えなければいけません。異なるメーカーの組み合わせで発生するトラブルは自己責任であり、メーカーに責任はありません。その結果起こったトラブルに「アルカスイス互換はダメだ」というのは滅茶苦茶というものです。
互換問題によるズレは特に(幅調節ができない)レバー式のクイックリリースクランプで起こりやすいです。有名なものではReally Right Stuff(RRS)のレバークランプです。アメリカメーカー製のプレートとは相性が良いですが、ヨーロッパやアジアメーカー製のプレートと相性が悪いことが多いので注意が必要です。異なるメーカーを使う予定がある方はノブ式を選んだ方が無難でしょう。
アルカスイス互換は思ったほど互換ではない
先ほど書いた相性問題は別として、意外と互換性に問題がある(もしくは互換性が無い)ものがあります。有名なところではGitzoのGH3382QDのクランプには滑落防止用の安全ピンが付いています。このピンを工具で外さないと多くのアルカスイス互換プレートを装着できません。
逆にアルカスイスの純正クランプはすでに新しい規格に変わっており、一般的なアルカスイス互換プレートを装着することはできても、滑落防止機能は一切働きません。
こういった各メーカーの独自の機能の追加によって、互換性に問題が起こることは他にもたくさんあります。「アルカスイス互換だから大丈夫」という考え方は失敗の元となりますから、必ずしっかり調べてから購入することが大切です。
互換性があると非常に便利
とは言っても互換性があるというのは、とても魅力的です。事実、アルカスイス互換がこれだけ業界を席巻したのは互換性があるからに他なりません。
たとえば上の画像のようにアルカスイス雲台で装着していたプレートを使って、そのままベルボンの雲台やReally Right Stuffのミニ三脚にも装着できます。あくまでも自己責任となりますが、相性の良い組み合わせを見つけて活用すると便利です。
様々なメーカーから選べる
Really Right Stuff、KIRK、Wimberleyといったアメリカのメーカーがアルカスイスを模倣したようなスタイルを確立したのは1980年代頃からだそうです。前後してFLM、Novoflex、Fobaといった欧州のメーカーにも広がっていきました。まだこの辺りまでは緩やかだったアルカスイス式は、中国のBENRO、韓国のマーキンスが参入したことによって大きなうねりとなって、業界を一変させていくことになります。
今ではあのGitzoやマンフロットまでが採用する「異常事態」になっています。あれほど頑なに採用してこなかったベルボンまでが遂にアルカスイス互換へ踏み出したというニュースも記憶に新しいところですね。
これだけのメーカーがアルカスイス式を導入していますから、たくさんの選択肢があることもメリットのひとつです。
アルカスイスだから全部良い?そんな訳アルカ!
そろそろ読み疲れた頃だと思うので一発スベっておきました。
さて、この項目では特定のメーカーをディスろうという話ではありません。プレートの弱点としてゴムやコルクシートが原因でブレやズレ、たわみのを引き起こすことがあると先に書きましたよね?もちろんこれはアルカスイス式でも言えることです。
なので分厚いゴムやコルクシートが貼られているプレートは全部お勧めしません。何だったら雲台を買ったら付属されているような汎用プレート自体、私は否定的です。最初の方で触れましたが、カメラと雲台の間に余計な物を挟むのですから、そこが欠点となってしまう訳です。システムとしてネジ直付けに劣るのです。
ボディと一体化したアルカスイス互換プレートがおすすめ
しかし、そんな欠点を最初に克服したのがReally Right Stuff、通称RRSでした。それまで汎用品しかなかったアルカスイスのプレートに不満をもち、カメラボディにジャストフィットさせたプレートを作ることに成功します。また形状をL字型にすることで、不安定になりがちな縦位置撮影時も安定させることができるようになりました。これによって、これまでの三脚ネジ式よりもブレに強く安定したシステムを構築できるようになりました。
そしてクイックリリースシステムが抱えるもうひとつの問題点、ゴムやコルクシートに起因する「ズレ・ブレ・たわみの問題」も解決できます。カメラボディから型を取り成形することで、アルミ合金のまま装着することができるからです。
プレートはアルカスイス式なら何でも良い!なんて私は言いません。クイックリリースシステムの欠点を克服したアルカスイス式のボディ専用のL型プレートこそ強くお勧めします。
*studio9注:私もアルカスイス式のL型プレートを使ってますがかなり良いです。特にボディの小さなミラーレス機はL字プレートを付けても大きさが気にならないし、ハンドリング時の安定性も増すなど良い事づくめです。以下の記事も参考にどうぞ!
機種専用のプレートが出てない場合
そうは言っても機種専用のプレートが出ていない場合はどうしようもありません。仕方なく汎用プレートを使うこともあるでしょう。
そんな時、ついコンパクトで軽量なプレートが扱いやすいですから、選んでしまいたくなりますね。しかし面積の小さなプレートは安定性が悪く、たわみの原因となります。(邪魔にならない程度の範囲内で)可能な限りカメラとプレートの設置面積が大きいプレートを選ぶようにしてください。汎用L型プレートという製品もありますので、もしお持ちのカメラに合う物があれば欠点をかなり克服できます。
まとめ
乗りに乗って書いていると大変長くなってしまいましたので、そろそろまとめたいと思います。今回の内容を簡潔にまとめると以下の通りです。
ポイント
・雲台にカメラを簡単に素早く接続するためにクイックリリースシステムは便利
・クイックリリースシステムには欠点があり、総合的にネジ式に性能が劣るものが多い。
・その欠点とはクランプ側の耐久性・ガタの問題と、プレート側のズレ・ブレ・たわみの問題
・クランプ側の耐久性・ガタの問題はアルカスイス式だと(ほぼ)起こらない
・プレート側のズレ・ブレ・たわみの問題は、アルカスイス式のボディ専用L型プレートなら(ほぼ)起こらない。
つまりアルカスイス最高!ということです。もちろん記事の内容でも書いた通り、まだまだ問題点は山積みです。しかし有名になったとはいえ、アルカスイス互換も今はまだ過渡期。これからもっとたくさんのメーカーが参入し、そして素晴らしい製品が世に出てくるでしょう。そして悪い部分はメーカーにフィードバックされ、どんどん問題点は解決されていくはずです。
そしていつかアルカスイス互換は必ずアルカスイス規格になると私は信じています。
このような素晴らしい機会をくださったstudio9様と中原 一雄様、そして最後まで読んでくれた読者の皆様に感謝します。 読了ありがとうございました!
ではまた次の機会に!